2009年07月05日

むかっ(怒り) 安倍川「大谷崩」

≪地震による自然の破壊力は 時によって人知の想像力をはるかに越えていて 発生した地域によっては景観ががらりと変わってしまう≫

最近読みかけている本 青木玉対談集「記憶の中の幸田一族」 主として母親の幸田露伴の娘「幸田文」さんを中心に語られている本です。

明治時代の生活ぶりが書かれていますが 今回の主題ではないので 時があれば感想を述べたいと思います。

この中に 富士山の「大沢崩れ」と 今から300年前宝永年間に発生した地震によって 静岡県・安倍川の上流梅が島温泉の手前で起きた 山崩れ「大谷崩」が出てきました。
幸田文さんも72歳の時に訪れたたのだそうです。

安倍川・大谷崩れkuzu06.jpg

★山が半分無くなってしまい 膨大な土砂が山を下って大地を作りました。勿論土砂でいまでも農作物は生産できません。

今から30年も前に「梅が島温泉」(ここは静岡でも秘境です 山を越えれば山梨県・身延に出ます)に ひょんなことから行くことになり途中でこの「大谷崩」の場所に行き当たりました。
それははるか遠い山が崩れて 土石流が流れ出し斜面が砂利で埋まっていて異様な光景がそこにあり 驚きを隠せませんでした。

少し他にもこのような想像を絶する災害 「崩れ」があるかと調べたらやはりありました。

鳶山崩れ8366_01_t.jpg  姫川・稗田山崩れkuzu04.jpg

★左の写真は 「富山・立山・鳶山崩れ」 1858年の飛越大地震で2000メートル級の鳶山と大鳶山跡形も無く崩れ落ちたんですって。

★右の写真は 「長野・姫川・稗田山崩れ」 明治44年の大地震で崩壊したそうです。

これが日本三大崩れで このあたりには「火山のフォッサマグナ」があって 大きな地震の力で巨大な山が崩れたということですね。

山崩れでなくても 2008年6月に発生した「岩手宮城内陸地震」で 栗駒山の一帯が広範囲に陥没してしまった 災害を忘れることは出来ませんね。 1年経って4人の方が遺体で発見され なお6人の方が行方不明のままです。 一刻も早い遺体収容が望まれます。
ニックネーム ハマの萱さん at 17:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記帖

2009年07月04日

わーい(嬉しい顔) 夏の花「ノウゼンカズラ」

≪毎日見慣れた光景でも 特に注意をして見ていないと 結構そこにあるということに気がつかないことがあるな≫

毎日通勤に使っている 向かい側のバス停に沢山の橙色の花が咲き始めました。

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ご存知夏の花 「ノウゼンカズラ」です。 藤棚ならぬカズラ棚で夏の日差しも遮ってくれて 暑い盛りはほっとする場所です。

お母さんに連れられた 小さな子供が地面に落ちた花で 花輪を作ろうとしていましたが 花に茎がついていないので無理でしたね。
ニックネーム ハマの萱さん at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 花と樹木

2009年07月03日

るんるん ユリの大輪

≪植物の中でも 花の咲くものは愛情を込めて面倒を見てあげないと 次には良く咲いてくれないといわれているけれどね≫

こちらの「ユリ」はご近所の方が面倒を見ているようだけど 見ている限り 手間ひま肥料なども上げていないようだ。
それでも季節が来ると 毎年立派な花を咲かせるので感心しています。

ゆりP1010270.jpg

黄色の大輪でオリエンタル百合で 「ジョーゼット」という種類かもしれません。 花丈1mくらいで立派なものです。
咲き初めなので あと一週間ほど咲き続けてくれるでしょうね。

あまり過保護にしなくても 咲くときには咲いて ゆり特有の強い香りを漂わせてくれています。 まだ蝶々はやってきていません。
ニックネーム ハマの萱さん at 10:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 花と樹木

2009年07月01日

映画 君のためなら千回でも

≪日本では難民という人達を 日常生活の中で接触することは少ない それと身近なアジア 特に北朝鮮には関心を持つが アフニスタンは遠い国で そこに生活をしている人達のことはほとんど知らない≫

久しぶりに心を揺さぶられる映画を見ました。 それは「君のためなら千回でも」アフガニスタンを題材に 家族とは親友とは何か そのために人として行動するのは何かを 見つめ直す機会にもなりました。

原題は「カイト(凧)ランナー」 凧を探す人とでも呼ぶのでしょうか。

1970年代のアフガニスタン。裕福な家の一人息子アミールは 召使いの息子ハッサンと凧遊びをしたり 兄弟のように仲よく暮らしていた。
だがある日 小さな二人の絆は思いがけない出来事によって砕け散ってしまう。
やがてソ連がアフガニスタンに侵攻。2人の関係は修復されることなく アミールと父親は米国に亡命する。時は流れ 2000年のサンフランシスコ。小説家となったアミールの元に 亡き父親の親友から「君は今すぐ故郷に帰って来るべきだ」と電話が入る…。

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戦乱以前の“中央アジアの真珠”と呼ばれていたカブールの日常 そしてソ連軍侵攻とタリバン台頭まで 素顔のアフガニスタンが生活力豊かに描かれていて 現在のニュース映像でみるアフガニスタンとは別の世界のような気がします。
特にタリバン勢力に支配され 公開処刑が粛々と行われる2000年の同国の描写は ドキュメンタリーさながらのリアリティで思わず画面から目を離してしまいました。

そうした大きな時代のうねりを背景に 罪・友情 そしてつぐないといった普遍的な人間ドラマが写し出されています。

映画としては 空中戦を思わせる凧合戦の爽快感 少年たちの生き生きとした描写や表情がとても印象に残る作品です。
更にアミールとハッサン「とても印象深い子役」の描き方が良く しかし一方で「物語」として考えてしまうと強引さが目立ち かなり無理が出てきてしまう。特に後半でハッサン夫婦がタリバンに殺され 一人息子のソーラブを助け出す為にアフガンに行く過程が ご都合主義という印象もなきにしもあらずでした。

カイト006.jpg カイト008.jpg

しかし本作の嚆矢は何と言っても少年時代の物語 秘密の罪を抱えて生きる少年の後ろめたさが実にきれいに描かれていて 少年世界を描いた作品としては魅力を見せてくれました。
ただその秘密の罪が 大人になった時にどのように主人公にフィードバックされたのか ここを説明する展開が弱いところが少し不満でした。

少年時代のアミールはハッサンを親友と呼びながらも 自分のために忠義を尽くすハッサンを アセフたちが強姦する場面で見て見ぬふりをしてしまう。
そして自分の犯した罪を恥じるがゆえ 目前からその結果を遠ざけてしまい なお且つ自分の時計を故意に隠して ハッサンに罪をなすり付けてしまう 鬱屈した感情 分かるような気がしますね。

アミールがハッサンを忌むに至る流れは非常に巧く 子供たちを導く立場にいる大人たちの接し方も丁寧に描かれていました。

特にハッサンのハザラ人の父親が別れの時に語る 誇り高き一言も非常に強烈でしたね。

また総ての罪は「盗み」のバリエーションだと語り 他人の妻をソ連兵から身を挺して守る勇敢な父ババが アリの妻と不義を働いた過去を背負うところも物語としてはありでしょうか。

アフガニスタンでは「出身部族・それも村単位の狭さ」が全てで パトウシュンが多数派で ハッサンの父親のハザラ人は論外ということのようで これもアフガニスタンの歴史を勉強しないと分かりませんね。

題名の由来は 君のためなら千回でもカイトを探しに行くよという 男同士の無償の愛友情を現しているようです。
ニックネーム ハマの萱さん at 19:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画

2009年06月29日

手(グー) 地侍の魂

≪世の中変わるときは変わるもので いくら外から扉を開けようとしても 機が熟して内側から開ける力がないと 変わらないことがある≫

このところの「北朝鮮」の暴走は目に余るものがあるけれど いまはそれを止める手立てを国際社会は打ち出せないでいる。

独裁全体国家だから国家元首が3代にも渡って世襲など聞いたことが無い。一昔前の共産党一党支配の国だって無かった。
極めて東洋的で 儒教精神が沁み込んでしまっているのかなと考えてしまう。

そんなことを考えていたら こんな本を見つけました。

明治維新を成功させたのは 武士は武士でも下級武士でほとんどが地侍か足軽階級であった。
下級武士が 命をかけて改革を成し遂げた使命感はどこから生まれたのか 著者の「柏 文彦」さんはこう述べています。

普段は田畑を耕し 有事には槍や刀を取って出陣する「郷士」。 体制上の身分は虫けらみたいに低いが 治水や開拓など 地域住民の生活向上を常に考えていた。
地侍は生産手段を持っていたため 給与生活者である上級武士より自立心が格段に強く また住民の信望も厚かった。
だから「世のため人のため」に尽くすべきだとする使命感・責任感が強かったからだ。


そうした存在を多く抱えていたことが 近代化時代の日本にとって幸運だったと結んでいます。

八坂神社・舞台.jpg

志士や新撰組が跋扈した京都

さあそれはどうかなとわたしは思うのです。 確かにそういう下級武士もいたでしょう。
やはり下級武士は一生上級武士から蔑まれこき使われて 太平の世の中這い上がれない閉塞感と 失うものが何も無い身分が維新の原動力になったのでしょう。 江戸時代200年上級武士は 極端に言えば何もしないで俸給が出ていた。 それを失えば死ぬも同然なので改革などまったく望まなっかたことも 維新が成立した背景でしょう。

戊辰戦争を戦った佐幕派には容赦をしない残忍な弾圧をし 維新成立後このような下級武士が陽の目を見た後 高級官僚になって威張り散らしそれまでの上級武士以上の生活を送った事でも 出世をし良い生活を望んだのが実態でしょう。

いつの時代でも官僚というのは 民のことより自分の出世と保身が一番 と言ったらいい過ぎでしょうかね。 社会保険庁のお役人さん。
ニックネーム ハマの萱さん at 20:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記帖

2009年06月28日

いい気分(温泉) 岩手からの旅便り

≪今年もいよいよ本格的な梅雨に入りました うっとおしい反面 東北地方の野山は新緑が眩しい季節 そして木漏れ日の中の温泉は最高≫

★梶さんは「松尾芭蕉」の足跡 「奥の細道」紀行を本格的にはじめています。 今回は仙台から陸奥 雫石・一関からお便りをくれました。

お元気ですか?旅の季節到来ですね。

12日千住から奥の細道コースをたどり、奥州平泉で太平洋側のポイントをおわりました。
奥の細道・松島-1.jpg  一関・版画-2.jpg
  
日本海側の最上町、尾花沢から最終大垣、伊賀(芭蕉の生地)は北海道の帰りに辿るつもりです。

21日は「父の日」であり「夏至の日」でもあった昨日、わたしは岩手県雫石あたりの温泉場(無料4ケ所)を湯めぐりしています。
乳頭温泉付近には8ケ所もあり、湯快を通り越し「湯あたり」です。

奥羽山中緑の回廊3-1.jpg  奥羽山中3-2.jpg  
(奥羽山中の緑の回廊めぐり、森林浴)

雫石温泉-4.jpg  乳頭温泉-5.jpg   
(温泉無料雑誌様のお陰で毎日、温泉入浴)(やはり乳頭温泉の乳白色はイイ)

湯めぐりしながらユックリズムで北海道に向います。
無料温泉雑誌「北東北」には青森には30位の無料温泉があります。
道内入りいつになるやら?

田沢湖高原-6.jpg  雫石つなぎ温泉-7.jpg 
(田沢湖高原からの田沢湖遠望)
(雫石のつなぎ温泉駐車場・・・トイレ・コンビニありgood)

本当に梶さんは「湯ったり気分」であちらこちらに寄り道していますね 梅雨は無くても「北海道」はこの季節 雨は沢山降りますから 風など引かないで旅を続けてくださいな。

「いい人いい旅いい老後」の梶さん
harukaji@jupiter.sannet.ne.jp
090-9376-3646
ニックネーム ハマの萱さん at 11:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 梶さんページ

2009年06月26日

ファーストフード ラワン蕗のこと

≪季節になると何処かから情報が入ってきて 自分が実際に見聞きしてきた物が出てくると とても楽しくなってきますね≫

もう数年前の夏に北海道を旅したとき 道路の脇に「蕗」が沢山育っていて そのまま放置されていました。

「フキ」の煮物が好きなわたしは この蕗は食べれないのか はたまた北海道の人は食べないのか 分からなかったのでガイドさんに聞いても要領が得ませんでした。

ラワン蕗.jpg

こちらの写真は 歌手の「松山千春」さんの故郷 足寄町の特産品「ラワン蕗」です。  大きいですよね。高さは3mにもなるそうです。

観光バスの車窓からみました。 本当に背が高く普通のものが1mくらいですから圧倒されますね。 ブラジル原産と聞いたことあります。

写真で見ても茎の太さは10センチほどもありますから 調理はどのようにするんですかね 輪切りにして竹輪の煮付けのようにするのでしょうか どなたか知っている方教えてくださいな。

でも食べ物って 日頃見慣れた大きさと違うと手が出ませんね。
大ナスとか 巨大カボチャとか とてもおおきな林檎 味も大味のようで食べず嫌いになってしまいます。
ニックネーム ハマの萱さん at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 食べ物

2009年06月24日

悩む「ターミネーター4」

映画や説で人気シリーズがある でも何回か続けているとネタ切れで 筋に矛盾が出てきて つじつまが合わないときがある≫

SF大作で「ターミネーター4」が 日本でも公開されたので この手の作品が好きでまた弱いので 早速映画館に行ってきました。

CG(コンピュウターグラフィック)や音響は 回を追うごとに素晴らしくなるけれどやはり「エイリアン」も「プレデター」も 文句無く第一作がストーリーとしては面白く興奮しますね。

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今回はスカイネットと抵抗軍との戦いの中で ジョン・コナーの父親となるカイル・リースを抹殺すべく 抵抗軍の中に記憶喪失のサイボーグを送り込んできた。 
20歳になったジョン・コナーが未来の父親を助けるために このサイボーグと共にスカイネット戦うというのですから 頭が変になりそうな設定です。 

ターミネーターの一作目は シュワルツネッガー扮する「スカイネット」所属のTR−600 壊されても壊されても「サラ」を追いかけるシーンは正直恐ろしかったですね。 この作品は1984年制作です。

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その後 1994年に2作目が完成し 10歳になったジョン・コナーを 変形自在な金属合金のロボットとの戦いが繰り広げられたんですね。

そして2004年には 変身自在な最強の女性ロボットが登場して 危うくジョン・コナーも命を落としそうになって そのつどシュワルツネッガーの改良型TR−600に助けられる SFスーパーアクションでしたね。

やはりつまらなくなるのは ロボットが他のものに変身するのは アニメかコミックの世界になってしまうからでしょうね。

とにかくスカイネットの殺人マシーンやら 空飛ぶ多目的戦闘機マシンの威力の凄まじさなど レベルが大分上がっていて2時間息もつかせぬ戦いの連続で疲れました。

もう種切れで ターミネーター・シリーズも終わりでしょうね。
それにしてもこの20年の映像技術の進歩は目覚しく CG技術が映像の世界を根底から変えましたね。
どこから何処までが実写で またどこからどこまでが合成映像か 区別が付かなくなりました。
 
ニックネーム ハマの萱さん at 21:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画

ネット(枠付き) ホサキナナカマド&ねじり草

≪梅雨の晴れ間には あじさいの他にも庭の中に 花が咲いている≫

園芸店から購入してきたものもあるけれど 自然に土の中から茎を伸ばすのもあってそれはそれで楽しいですね。

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ホサキナナカマド(穂先七竈)の花が咲きました。 まだ背高は50センチ位の幼木です。
名の由来のように 木の天辺に槍の穂先のような形で 白い丸い5ミリほどの蕾が沢山つけて 順番に開いて咲いています。
花から甘い蜜が出るのでしょうかね アリが沢山ついてしまって除去するのが一苦労です。
秋には赤いナナカマドの実が付くのか楽しみです。

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こちらはご存知「ねじり草」です。 時期には園芸店で鉢植えが売っていますけれど 庭の芝(今は雑草だらけ)の中にたくさん咲いています。

庭も相当な手入れをしないと春先には マメ科の植物や黄色のたんぽぽに荒らされてしまうけれど それはそれでも良いかなと思っています。
ニックネーム ハマの萱さん at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 花と樹木

2009年06月22日

黒ハート 愛を読むひと「別記」

≪前稿では言い尽くせなかったものを ここで書いてみます ハンナとミヒャエルの生き方には大きな人間としての葛藤が違います≫

文庫の「腹帯」新刊の本には表紙の他に 細長い帯状の紹介文が付いていますね あれのことです。

・こころの底から涙があふれでる。「これぞ小説!」
・こんなに泣いたのは本当に久し振り! 詠み終わって一時間涙があふれて止まりませんでした。(29歳・女性)
・あまりの感動にしばし茫然・・・ 少し時間をおいてもう一度読みたい本だ。(37歳・男性)
・クライマックスの意外な展開に胸をしめつけられた。”小説”のもつ素晴らしい力を実感!(54歳・女性)


これだけ読めば読みたくなるのは必然のことですが とてもこの小説はお涙頂戴の小説ではありません。

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ミヒャエルのご都合主義 悪く言えば優柔不断 この男に愛を語る資格はありません。
それに引き換えハンナの自分の誇りにかける意思の強さ 何も弁明せず事実のみ受け入れ 18年間刑に服し恩赦で釈放の前夜に 独房で自ら命を絶ってしまう精神は何処から生まれたものなのでしょう。

ハンナは文盲であった それゆへにアウシュヴィッツで囚人にもミヒャエルにも 「朗読」を依頼したのであり それを知られることを恥て秘密が出来てしまう。

文盲の露見と 戦争犯罪人としての自白を秤にかけていたわけではなかった。
ジーメンスで職長の席を捨てて ナチス親衛隊の看守に自ら応募したのも 戦後市電の車掌を務めていて上司から運転手の昇進試験の薦めも 文盲が露見することが自分の誇りを失うことと考え受けなかったのです。 そして1960年代の西ドイツはナチスの戦争犯罪人の追及があって身を隠したのがミヒャエルとの別れの真相なのですね。

「ハンナが死んでしまって あれから10年の歳月が流れてしまった。ハンナが死んで間もないころは 昔の疑問が僕を苦しめたものだった。僕はハンナを裏切ったのだろうか。僕はハンナに借りがあるのだろうか。僕は彼女を愛したことで罪ある者となったのだろうか。僕は彼女の思い出から離れるべきなのだろうか。どうやって離れたらいいのだろうか。ときおり僕は 彼女の死の責任も自分にあるのかと考えた。
そしてときには 彼女に対して また彼女が僕にしたことに対して 腹を立てた。怒りが力を失い 問いが意味を無くしてしまうまで。僕がしたこと しなかったこと 彼女が僕にしたこと 何であれ いまではそれが僕の人生だ。」 


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★翻訳者のあとがきから
「朗読者」におけるハンナは法廷において積極的に罪を認めると同時に、真実と違う事実認定にはとことん抗議しようとするが、いつのまにか主犯に仕立て上げられ、さらにもう一つの別の要素も加わって、他の被告よりも重い刑に服することになる。
この作品では看守としてハンナが犯した罪だけでなく。おそらく貧しさゆえに満足なきょういくを受けることが出来なかったハンナの境遇が重要なポイントになっている。

それは戦争犯罪に対する一種の免罪符ととれないこともない。もし条件がちがっていれば、ハンナは収容所の看守になることはなかっただろうし、裁判も彼女に不利にはならなかったかもしれない。
囚人に本を朗読させるほど知識に飢えたハンナ、自分の境遇を隠し通そうとする彼女のプライド、そして刑務所での勉強。しかし、それはもはや彼女の自立を助けることにはならなかった。 「そして彼女の死」

「朗読者」は現在 ドイツでは学校の教材としても使われているそうです。
そして「あなたの愛した人が戦争犯罪者だったらどうしますか?」 という問いかけは 国が違う読者にとっても また戦争を知らない若い世代にとっても 大きな問題の投げかけです。


自らは戦争の記憶が無いまま ナチ時代の過ちを徹底的に批判する歴史教育を受け ドイツの過去を負の遺産として背負わされ 他の国に旅行するたびにドイツ人であることに引け目を感じる 作者たちの世代。

翻って日本は日本人は ドイツおよびドイツ人のように 戦争を起こした戦争責任や戦争犯罪者を自ら手で糾弾し 明らかにしてきていない。
そのことで言えば 現在の日本の中に蔓延っている 巨額な不正についても誰も責任をとっていない流れの起因かもしれません。 
ニックネーム ハマの萱さん at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記