≪何ごとも初めてというのは精神的にもタフさを要求される 今から150年も前に日本の開国時 アメリカから下田に赴任した外交官がいた≫
伊豆半島の先端下田は 幕末日本の夜明けを告げる「黒船」来航の記念すべき土地ですね。
さぞや下田の幕府役人や町人は驚いたことでしょう。全長100M以上の見たこともない黒い大船が5隻 でも何事にも興味津々な日本人は 直ぐに物見高い見物人で下田は溢れかえったんでしょうね。
アメリカの開国の強い要求で幕府は アメリカの領事館を下田に置くことを承諾し(勿論アメリカは江戸に領事館を開設したかった) 下田港近くのお「寺を提供したんですね。
こちらがアメリカの初代駐日領事 タウンゼント・ハリスと通訳官ヒュウスケンが住んだ曹洞宗の「玉泉寺」です。
小さなお寺で本堂の扉には 永平寺の紋と総持寺の金色の紋が並んでいて 曹洞宗の格式高いお寺だということです。
抹香臭い日本の寺の中に赤いフエルトを敷いて 靴のままで二人は生活していたとの説明です。何かと不便だったでしょうね。
山門の脇には日本初の牛の屠殺場と ハリスが好んで求めた「牛乳の碑」がありました。牛乳約1升が米3俵と記録があるので極めて貴重品と言えますね。
本堂の隣りに記念館があって ハリスの身の回り品や生活道具 関係書類が豊富に展示されていましたよ。歴史好きの方は必見です。
玉泉寺は下田の街の中心地(現在の下田駅)から須崎方面に5〜6キロも離れているので 当時としては辺鄙な場所で幽閉監視対象で お気の毒だなあと感じました。
俗説で「ハリス」と言えば 愛人の洋妾「唐人お吉」の事が有名ですが
ハリスはアメリカ聖公会の敬虔なカトリックで生涯独身を貫いた人で 時の下田奉行がハリスを懐授するために送り込んだが 直ぐにハリスに拒否されたが 後世の人が面白おかしく脚色したのが真相のようです。
ハリスはアメリカ聖公会の敬虔なカトリックで生涯独身を貫いた人で 時の下田奉行がハリスを懐授するために送り込んだが 直ぐにハリスに拒否されたが 後世の人が面白おかしく脚色したのが真相のようです。
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